日常の出来事

東日本大震災から12年

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2,011年3月11日、東北地方を中心に大規模な地震が発生、その数十分後に襲ってきた津波に襲われ多くの命が失われました。ご冥福をお祈りします。

当方千葉市に住んでいますが、地震が発生した時に自宅の近所を見回りました。屋根瓦が落ちたという家もあり、ガラスが割れたり、食器が割れたり、アスファルト道路に亀裂が入り水が流れ出ている箇所もありましたが、元々畑だったこともあり、この程度で大丈夫でした。すぐに被災の様子を見に行きたかったのですが、4月からは自治会の仕事を引き受けなければならず、1年間は出掛けられない状況でした。

日本の国土は地震、津波、河川の氾濫、火山の噴火など自然災害からは逃れられないところにあります。日頃の備えがあって始めて防災体制が作れるのですね。ものだけがあってもダメで、連絡体制と救出、ネットワーク、協力関係など日頃から構築しておく必要があるのです。東日本震災が起きた場所は地元の結びつきが強い地域でお互いに強力する関係が出来ていましたが、これが東京などで起きた場合、皆がお互いに協力できるのかという心配があります。

 

 

 

 

震災の翌年、被災地にある社協の協力を得て1週間ほどかけて被災地を訪問することが出来ました。当時の様子をブログでもお伝えしましたが、もう一度写真を掲載します。

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2,012年4月の様子です。

がれき処理がなかなか進んでいないようです。

木材とゴム、ヘドロ微生物などの発酵により、内部の温度が高くなって火災が発生しています。分別せずにうず高く積み上げたため、危険性が高まっているそうです。

内部の温度を測り、パイプを突き刺して熱を逃がすなどの対策をとっているものの、時間が経過するほど微生物の活動が活発になって、火災の危険性が増しているようです。

がれきの引き受けを拒む自治体が多いということですが、どうにも筆者には理解できません。放射能を心配するという理由で、岩手や宮城のがれきまで拒否するということなのでしょうか。

発酵するものやハエなどの害虫が出て来るものは、焼却せざるを得ないと思いますが。

 

政府は8月3日に工程表を決定し、岩手と宮城沿岸部のがれきの53%を来年3月末までに処理する中間目標も入れられた。全作業の完了は26年3月末だという。

岩手、宮城、福島3県のがれき量は、可燃物が中心の『災害廃棄物』は1,811万t、津波が運んだ土砂などの『津波堆積物』が954万t、総量では2,765万tとなる。

 

 

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宮城県七ヶ浜町のがれき 24年4月5日(サッカーゴールと比べると大きさがわかる)

〇被災地支援活動報告

4月2日~9日、7泊8日で宮城県七ヶ浜町に行ってきました。

被災地支援が目的で、仮設住宅のみなさんに健康体操(ゆるゆる体操)を指導するとともに、カウンセラーでもあるため心のケアも。

現地のサポートセンターにスケジュールを組んでいただいて、4つの集会所を計10回訪問。おかげ様でとてもスムースに実施できたと思います。

集会所のみなさんは年配者が多かったのですが、とても親切で話しやすく素朴な人たち。同じ土地の住民同士なので気持ちも通じ合うのでしょう。お茶を飲みながら皆でいろんな話をすることが楽しみのようです。

友人を失った人、親戚を失った人、親を失った人、目の前で助けられなかった人、寝たきりの高齢者を置いてくるしかなかった人、いまだに子供を探して訪ね歩く人、築いてきたものすべてを失った人、

人の命はいつかは終わる、しかし突然に奪われてしまったこと。

集会所の中は、全国から送られてきた応援の垂れ幕、寄せ書き、色紙、贈り物などなど。『がんばれ!』『負けるな!』が多かった。いつも頑張れるわけではないけど、気持ちが伝わってきてとても嬉しい、とおっしゃっていました。

私たちは、いつも被災地とともにある。

 

〇そこに立ってみると津波の凄まじさがわかる

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海沿いの道路がえぐり取られて

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田んぼの区画が見えなくなった

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家の基礎だけが残っている

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多賀城市にて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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