新型コロナウイルス

如何にして国民を誘導し接種に向かわせたか

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製薬会社から流れるお金は、クスリの処方に影響しうる。上の図は製薬会社、医師、薬剤師、メディアの力関係を示したものだ。医師の中でも治療方針や人事権に影響力がある大学教授や学会理事には、力とお金が集中する。こうした有力医師が登壇する講演会は、製薬会社がバックにつきクスリの宣伝にも利用される。『知ってはいけないクスリのカラクリ』の著者である谷本哲也医師は『医師の世界はピラミッド型で上からの権威に弱い。大学教授や学会理事はキー・オブ・オピニオン・リーダーと呼ばれ、講演会を開けば多くの医師を一網打尽にして宣伝出来る』と話す。

医師の処方に対してチェック機能を果たすはずの薬剤師は、処方箋通りにクスリを取りそろえるだけに甘んじ、医師にものが言えない。調剤薬局の数は増えるばかりだが、在宅医療を受ける患者への遠隔対応など職域の拡大には消極的だ。メディアには製薬会社から広告料が渡り、その金はいまだブラックボックスである。高齢者への多剤処方や精神科での薬漬けなど、深刻な医療被害は解決されていない。

クスリを扱う関係者全員が患者の方を向かなければ、問題は先延ばしになるだけだ。

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【日本のヤバさ】コロナとは何だったのか?|元厚労省キャリア官僚

パンデミックのトリックとは?

1つは摩擦を避けたい。もう一つは自由は束縛されたくない、操作されたくない。

コロナ禍では何故、皆がマスク出来るのか、何故、コロナに対して恐怖感を持続出来るのか。それは摩擦を起こしたくない文化と、抑え込むことに対して耐えられる文化があるからだ。これが日本人の特徴。

ここまで我慢しているけど、それは皆のために我慢している。私たちが信じている政府は、間違ったことを言うはずはない。製薬会社は毒を作るはずはない。それがあって私たちも、長寿でいられる。

それでは、摩擦を減らしてあげれば、そっちに皆が流れてくれる。摩擦とは、自分たちがこの方針で行きましょうということに対して、いちゃもんを付ける人たち。摩擦が少ない方に持っていってあげる、要するに体制が言っていることを鵜呑みにして、周りに疑義を呈する人がいない中で、従っていく空気が出来上がっている。その空気の中にいれば摩擦は起きないから安心していられる。

なので、考えるということをさせない環境を作っている。この方向へ行けばリスクがない、間違いがないと思わせている。この特定の方向へ誘導するという仕組みは、世界中で作られている。

正しいことを言う人がいても、全部、摩擦防御対策にはじかれてしまっている。

皆のためにマスクをしてしゃべらなかったり、頑張っているのに、それを台無しにする人がいる。

【ヤバい儲かる・・】PCR検査で3200億円!巨額カサ増しビジネスの闇とは?

 

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中村医師の解釈を借りて、もう少し考えてみたいと思います。集団同調圧力がどうして人々の間に定着することになったのか、です。日本人は安定志向が強いといわれてきました。島国の中で争わず、集団の決めごとを皆で守ることで『和をもって貴しと成す』くにを作って来たのだと思います。聖徳太子の17条。これは何百年経っても変わらずに受け継がれており、日本人の合意形成の方法であり、日本人の行動様式をも表わしていると思います。

それはそれで素晴らしい合意形成の方式であると思いますが、その半面で、集団のなかで軋轢を起こすものを放っておけず、何らかの報復をするという側面もありました。そこにあるのは、皆が我慢してルールを守っているのだから、それにいちゃもんを付けてルールを守らない人間は許せない。マスクに効果はないとか密を避けろというのは無意味だとか、そういう人間は社会で軋轢を起こして、私たちがせっかく我慢しているものを無意味にしてしまう。

マスク着用は法律によって決められたものではなく、彼らが勝手にそう思い、あたかも決まっているかのように捉えてしまいます。そしていつしか、マスクをして手指の消毒、密を避けることをやっていれば、コロナ禍は解消できるという信念に変わっていきます。これはまるで宗教そのものですね。信じて行動していれば、やがて災難は過ぎ去っていくと。科学的な検討やエビデンスは必要ありません。

したがって、日本が世界一の感染国になろうが、副反応や後遺症で倒れていく人が増えようが、彼らにとっては雑音でしかありません。

そこにはワクチンが免疫を低下させることなどに、関心が向かないでしょう。皆が守っているルールに従わない輩は集団の和を乱す不届き者であり、もっと強く強制でも何でもして罰しておかなくてはならない不届き者なのです。

ここで起きる認知的不協和とは、ワクチンに安全性があるとか、有効性があるとかではなくて、自分が接種したから安全で有効性があると思い込むことです。自分で一生懸命に調べて、考えて、これなら大丈夫だとしたわけではありません。そしてみんなが打っているから自分も打っていいのだ、という同調性です。これにより安心することができます。何故なら自分一人でなく、皆がやっていることだからです。

ところで、この人たちは何故か自分たちの長の言うことは、聞き入れてその通りに従うんですね。この長はいつの間にか、自分たちが選んでいない人物に置き換わっていきます。

一方、このワクチン接種システムを上手に運用して、国民の80%が接種するところまで持って行った成功のカギとは何でしょうか。その答えは恐怖の演出と解決策の提示、身近な場所に打ちに行けるワクチン接種プログラムにあります。インフルエンザと比較しても大きな被害とは言えない新型コロナウイルスですが、これを如何にして恐怖の対象とするかです。武漢の入院患者からコロナウイルスが検出されて、現地では人々が死ぬかもしれないと大騒ぎになっている様子がメディアで報道されました。

2,020年のことですからそれほど昔のことではありません。それからしばらくの間ワクチン接種という解決策は出てきませんでした。その間にメディアによって感染の恐怖が煽られ続けました。目の前に大変な恐怖があるのに、解決策がない状態、これは人々にとって耐えられない状態であったと思います。そして1年経過してワクチンを接種できるという話になった時、高齢者が大挙して接種予約に殺到する事態となりました。

このワクチンという解決策はおかしなもので、他にもいろいろ方法はあったはずです。ヒドロキシクロロキンやイベルメクチン、オゾン殺菌法、今現在、海外で成果を上げているものがあります。今にして思えば、これは最初からmRNAワクチンを打たせる目的で国民を誘導したもののようです。国民に選択肢を与えず、ワクチンこそが唯一、新型コロナから自分を守る解決策であると煽り続けます。

これには政府広報やメディアの煽りだけではなく、大学教授や医者たちが果たした役割も大きいと思います。アタオカの医者たちによって、ワクチンを接種すれば集団免疫を獲得して感染は収束すると、繰り返し拡散されました。人々は自分の知識では理解できないが、専門家の医者が言うことなら信じて大丈夫だと思わされます。高齢者が病気の治療で日常的に通い、身近な存在となっていることも大きな要因だと思われます。そして、これに異を唱える研究者たちをデマとして徹底的に宣伝し排除していきました。

異を唱えるものを排除することは、国民を速やかに接種へ誘導するためにはどうしても必要となります。これに乗せられた人々は、デマを言い国民を惑わす詐欺師がいると、猛烈に攻撃するようになります。免疫低下のために日和見感染、帯状疱疹、類天疱瘡、心疾患、血栓による脳梗塞や心筋梗塞、癌の急速な進行が明らかになっても、自称専門家を先頭にして、ワクチンとこれらの疾患は何も関係がないとアナウンスが繰り返され否定されていきます。

こうしてみていくと、彼らの信念によってワクチン至上主義が人々を壊滅させて、最後に残るのは、ほんの一握りの未接種者だけになるかもしれません。この人たちは自分で考え、自分で調べ上げ、周囲の同調圧力にもかかわらず、自分で意思決定をした素晴らしい日本人であると思います。

 

 

 

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