やっぱり日本の医療は「儲けすぎ」である…現役医師が「医療はもっと身を切る改革に挑むべき」というワケ
「診療報酬の引き下げ」では効果がない
財務省が5.5%もの引き下げを要請
診療報酬の改定が話題になっているのをご存じだろうか。
国民のほぼ全員が加入している日本の健康保険だが、実はほとんどの医療行為の対価(診療報酬)は医療機関が自由に決めることが出来ない。
販売側が自由に価格を決められる一般の商品・サービスとは違い、それぞれの医療行為ごとに一定の診療報酬価格が国で定められているのだ。
その診療報酬は2年に一度改定されることになっており来年がその改定時期なのだが、なんと今回財務省が5.5%もの引き下げを要請しているのだ。
医師会・医療業界が猛反発
これを受けて、医師会や医療業界が猛反発している。
「コロナ診療で踏ん張ってきた医療業界にムチを打つのか?」
「現在でも医療機関は限界。つぶれる病院も出てくる」
など、批判が相次いでいる。
一方で、国の医療費はうなぎ上り。それを支えるのはもちろん国民が負担する社会保険料や税金なのだが、当然ながらそちらも増額の一途だ。
国民からは「税金と社会保険料合わせて給料の半分が持っていかれる。5公5民では生活出来ない」などの声も上がっており、医療費の抑制も急務である。
このような背景を考えると、診療報酬の引き下げもやむを得ないのでは……と思われる方も多いだろう。
でも私個人としては、「診療報酬改定にそんなに大きな意味はない」と考えている。
医療の「単価」を抑えても意味はない
自分が医師だから医療業界の肩を持っているのではない。むしろ逆である。
個人的には医療はもっと身を切る改革に挑むべきだと思っている。
そんな私が、なぜ「診療報酬改定にそんなに大きな意味はない」と思うのか。その最大の理由は、「単価をいくら抑えても、受診回数が増えれば医療費は上がってしまう」という現実があるからだ。
日本人はアメリカ人の5倍入院している
あまり知られていないが、「日本は人口あたりの病床数も、病院受診数も世界トップ」である。
日本人は人口あたり、アメリカ人の5倍入院し、3倍外来受診しているのだ。
簡単に言えば、入院でも外来でも、日本人は先進国の数倍、すなわち「世界1の量」の医療を受けている。
果たして日本人はそんなに大量の医療に頼らなければならないほど不健康なのだろうか?
そんなことはあるはずがない。日本人は肥満率も低いし、食事も健康的だ。どちらかというと、欧米人より健康である可能性のほうが高い。平均寿命も世界トップを維持している。それにもかかわらず、日本人は必要回数以上の医療を受けているのが現実なのだ。
なぜこんな事になっているのだろうか?
そこには医療の世界ならではの2つの理由がある。
「どれだけ売るか」を売る側が決めている
一つは「情報と権力の非対称性」、そしてもう一つが「モラルハザード」である。
「情報と権力の非対称性」とは、医師と患者側で持っている医療情報に差があること、そして医師・患者間の関係性・権力に差があること、を意味する。
入院や外来受診頻度を決めるのは、多くの場合「医師の側」である。
当然だが医師は医療情報に詳しく、また権力構造的にも患者に指示を与える立場と見られており、こうした立場になるのも当然のことだといえる。
現場の感覚で言えば、逆のパターン(患者側から入院の適応や、外来受診の頻度を決めるパターン)はほぼゼロと言っていいだろう。
つまり、医療というサービス商品は、どれだけ売るか、を売る側が決めている商品、ということになる。
医療は「モラルハザード」に陥っている
一般的な商品なら、そこで経済的要因がブレーキになる。つまり、いくら売り手にすすめられても、価格が高ければ、消費者側は躊躇するのが普通だ。
しかし、医療においてはその論理がほぼ役に立たない。
なぜなら、健康保険という大きな補助があるからだ。
特に高齢者の場合自己負担が1割しかないことが問題だ。
例えて言うなら、5000円のフランス料理を500円で食べられるようなものだ。
しかも、そのフランス料理を食べる頻度は、あろうことかフランス料理店が決めているのである。
これではフランス料理が必要以上に売れまくるのも当然ではないか。
街中が3食フランス料理を食べ、しかも大量に廃棄している。そんな光景も目に浮かぶ。
もちろん医師側が500円の収入で我慢しているというわけではない。残りの4500円は健康保険や税など国民から集めたお金で支払われるのだ。
これこそ医療が陥っている「モラルハザード」である。
以上の2つの理由から、必要以上の医療が提供されているのである。
「サブスク医療」がまかり通っている
なお、この問題は、若年層の急病やけがなどの「急性期医療」では比較的生じにくい。
しかし、今の日本で行われている医療の大半は、高齢者を対象とした「慢性期医療」なのである。
血圧・糖尿・コレステロールの管理が本当にそこまで必要なのか疑問だが、現状、多くの患者がこれを理由に毎月受診するよう指示されている。
これぞまさに「サブスク医療」である。
そこでは上記の「売りたい放題」の世界観が蔓延している。
この世界観が蔓延している以上は、たとえ「診療報酬(1回の受診単価)」を5.5%下げたとしても、医療機関はその分「回数を増やす」ことで簡単に回収できるのである。
(フランス料理を食べる回数を決めるのはフランス料理店、売りたい放題売っていい、が現実なのだから)。
医師でさえ知らない
「まさか、実際にそんなことが起こるわけがない」
と思われるかもしれない。
しかし、それは認識が甘いと言わざるを得ない。
なぜなら、上述のように現在、事実として
「日本人は世界の先進国の数倍の回数、医療を受けている」
からである。しかもそれが欧米の3~5倍という異次元の回数なのだ。
ほとんどの日本人がこのような事実を知らない。
いや、医療を提供している側の医師でさえ、ほとんどこの事実を知らない。
世界から見ると、日本人の外来受診数と入院数は異常なほどに多い。あまりに多すぎて、OECDの統計担当がにわかには信じられず、一時OECDの統計から外されたほどの「異常値」なのである(これは精神科病床数についての実話である)。
これほどまでにガラパゴス化してしまった日本の医療。
しかも日本人のほとんどがそれを認識していないのが現状なのである。
「キョロ目」「ヒラ目」の医師たち
このように、問題の認識すらされていない「ガラパゴス化」が、自然に止まることがあるだろうか?
そんなことはあるはずがない。
海外の医療事情などほとんどの医師は関心がない。
彼らが気にしているのは、日本の医療業界での一般的な事情(横ばかり気にするキョロ目)と国や厚労省からの指導・通達(上ばかり気にするヒラ目)だ。
つまり、「キョロ目」で横を見ながら、「ヒラ目」で上を見ながら、大丈夫そうだったら平気で「外来受診を月2回」に増やしてくるのである。そしてそれが世界的に見て異常値だとは、医師も国民もきっと気づかない。なぜなら今だって異常値なのにだれも気づいていないのだから。
医療は公的事業であるべき
ではどうしたらいいのだろうか。
「情報と関係性の非対称性」、「モラルハザード」この2つの壁をどうしたら突破できるのだろうか。
私は常に「医療はビジネスではなく社会の公的事業。だから医療機関は公的存在であるべき」と主張している。(この理念の下、当院の毎月の診療報酬をSNSで公開している)。
日本人は病院が経営のために広告まで使って患者を集めることに何の違和感も感じていないが、それは世界標準ではありえない話だ。
留置場を満員にしないと経営が成り立たない! と言って犯罪者を作り出す警察があったら恐ろしい話だが、医療では同じようなことが何の疑問もなく、あたかも市民のためと言わんばかりの善人面で行われているのである。
ノーベル経済学賞の最有力候補だった故・宇沢弘文(元東京大学教授)は、医療を警察・消防・教育等と同じ「社会的共通資本」と捉え、こう言っていた。
「医療や警察・消防・教育等の社会的共通資本は、決して国家の統治機構の一部として官僚的に支配されたり、また利潤追求の対象として市場的な条件によって左右されてはならない」と。
診療報酬の上下や、それに対する医師会などの各業界団体の反応といった、表面的なニュースが世間をにぎわしているが、こうした医療システムの根本的課題をしっかり捉えてゆくことこそが、本当の課題解決に向かう道ではないだろうか。
多くの国民がこの問題意識を共有し、「そこじゃない!」と声を上げてくれることを願っている。