この記事は2011年11月 私、野中 寛司がセイフティサポートとして、交通心理士会にて発表したものです。
運転行動における体調管理の重要性とその改善についての実践報告1
従来、体調管理といえば過労の防止、早めの休息と運動、早寝早起き、飲酒の抑制、禁煙などが指導されてきたが、積極的に体調を改善しようとする試みはなかった。
スポーツの世界では、トレーニング後必ずクールダウンを行なったり、マッサージを行なったり手入れを怠らない。
また、車両においても整備点検はかかせない。
本稿では、自動車運転者においても『身体を整える』ことで自己体調管理を図る試みを、実践活動報告として紹介したい。
キーワード: 持てる能力を発揮、メインテナンス、身体を整える
はじめに
職業運転者に対する面接経験から、適齢ドライバーで無事故年数の長い人には
『病気をしない、怪我をしないからここまでやって来られた』
という人が少なくない。
一方、ドライバーの業務は過酷であり、積み下ろしの繰り返しと運転、長時間勤務により、身体の調子を崩して辞めていく人達も多い。
これらの違いは何処にあるのであろうか?
また認知、判断、操作の運転行動には、
「体調の問題が関わっているか?」
と聞けば、多くの人からYESと返って来るだろう。
しかし、従来行われてきた体調管理は、ラジオ体操、過労の防止、早寝早起き、アルコールやたばこの抑制などであり、画一的な実施や情報提供であった。
もっと積極的に体調を改善する方法、つまり日々の業務の終わりに身体をケアし、健康を向上させていく方法はないのであろうか?
今回の発表では、今まであまり注目されていない体調の問題を扱ってみることとした。
問題の提示
安全運転態度は問題なし、反応検査も普通、危険感受性は優秀。
この人達が15~20年間無事故で来て、ある日大きな事故を起こす。
この背景に何があるのか、これも解明されていない。
責任感、意志の強さ、注意力水準の高さ。
それだけで、無事故が続けられるのか?
運転者適性診断で得られた知見、
例えば身体の調子が悪い時はボーっとして発見が遅れる(運転者の証言)は、身体=生理学の課題をも突き付けている。
筆者はこの人達の背後に、体調の問題もあるのではないかと考える。
つまり、認知、判断、操作の運転行動を、背後から支えるのは、疲労、疾病、外傷、薬物の影響、アルコールの影響、老化、興奮、心理的状況の不安定さ及び心理的障害などがある。
さらに、運転者には十分な体力や体調の調整が必要と思われる。
狭い車内での長時間運転は、エコノミー症候群の恐れがあり、運動不足と糖分の取り過ぎで肥満、成人病に罹る恐れが出てくる。
【運転に専念できない例】
- 鞭打ちの状態では、運転中前をずっと見続けることは難しい。
- 筋肉の疲労はイライラを引き起こす。
- 腰痛で足腰にしびれや痛みがあれば、ちょっとしたことで怒りを表出しやすくなる。
- 高熱でフラフラ状態なら、右左折での距離感をつかみ難い。
- いつも疲れていては、発見が遅れる上に気力も衰える。
そもそもこのような状態では、運転に専念することは難しいであろう。
しかし職業運転者の中には、このような体調で日々業務に従事している人達がいる。
これらの事は身体的側面が運転行動に影響を及ぼす事を表している。
長期間身体のケアをせず運動もしない場合は、筋肉や関節が硬くなり拘縮を起こしてしまう。
当然運動能力は落ちてきて、俊敏でスムーズな動作が出来ない、怪我をしやすくなる、などのことが起こる。
さらに蓄積疲労は
『生化学的に言うと、筋肉の代謝が非常に下がっている。
生理学的に言うと、脳神経系が働いても反応レベルが低くなっている(高岡,2009)』
状態である。
具体的には疲労が続くことで
『思考力や集中力が低下し、刺激に対する反応時間も遅くなる(倉恒,2011)』
運転する上で大きな問題となる。
また逆に、身体の状態を良くすること、つまり筋肉をゆるめることでリラックスでき、集中力も高まる事が知られている。
運送会社においては、乗務員に対し日々身体のケアをするよう指導が求められる。
従来の方法
これまで運転行動と体調の問題を取り上げたものはないが、疲労に関しては
- フリッカー値による疲労の測定
- 疲れを感じても休まず、次のパーキングまで走る
- 『あともうちょっと運転』
の調査がある。
また広く国民に普及しているものとして、1928年から始まったラジオ体操、ラジオ体操のバリエーションで企業の名前がついた○○体操がある。
さらに、体調を改善しようとするものには、ストレッチ、運動療法が近年効果を上げている。
菅野は、ストレッチを含めたクールダウンの重要性を指摘している。
『出来るだけ翌日に疲労を残さないために、疲労の回復を促進させること・・・ケガと慢性疲労の予防もクールダウンの目的の1つ(菅野,2007)』
だという。
具体的展開
筆者は現在、小角昌弘氏の『操法』と筆者が考案した応用編、導入としてストレッチを取り入れ『身体を整える』を実施している。
初心者でも無理なく実施できる点が特徴となる。
受講者に実施方法を指導して、自宅や勤務先で毎日行うもの。
その内容は、
- 身体の緊張を緩めてリラックスする
- 手足の隅々まで伸ばすことで血行を良くする
- 前かがみになった姿勢を戻す
- 肩・首の痛み、腰・膝の痛みを和らげる
とにかく、故障を起こさない身体を作ることを主眼としている。
受講者が自分で実施するため、時間や場所を選ばず自由度は高いが、毎日繰り返し実施するための動機づけが必要となる。
この点は、本人の体調不全感と実施の効果が高ければ継続出来ると考えられる。
また、体調不全感のない人には、会社で毎日実施する時間を設けることにより習慣として身につけてもらう。
改善した例
実施の結果、肩甲骨周囲及び体幹の矯正をすることで改善した例(筆者自身)がある。
このことから睡眠時無呼吸症候群、めまい、ふらつきに対しては、背中のこわばりが関与している事が推測される。
頚腕症候群との因果関係は明らかでないが、今後の解明を待ちたい。
ただし、これら症状のすべての人が対象になる訳ではない。
また職業運転者ではないが、高齢者を対象に週1回継続的に実施したところ、症状の改善が見られた。
車輛のメインテナンスをするように、人の身体もメインテナンスを必要としている。
日々身体のケアをし、体調を良好に保つことで、その人が本来持っている能力を発揮できるようになる。
今後の課題
『身体を整える』は本年4月から始めたばかりである。
職業運転者に対する実施は、各1回程度で継続的なものはない。
今後は事業所を決めて継続的に実施し、効果を確かめる事が必要となる。
効果の測定は体調改善を目的とし、直接の効果として
- 疲労回復の程度
- 運転に集中できるか
- リラックスの程度、そして他の要因も絡むため間接的ではある
- ヒヤリ・ハットの回数
- 事業所の事故件数
などを指標として検討している。
引用文献
- 高岡英夫2009.7競技力向上における、「ゆる」体操の心身両面での意義と効果 全国高体連ジャーナル17号28項
- 倉恒弘彦2011.7ドライバーのための健康相談室 人と車 7月号21項
- 菅野淳2007.1シーズンを戦い抜くためのコンディションづくり(9)機能的なウォームアップとクールダウン(part3)クールダウンとリカバリー 月刊トレーニング・ジャーナル 327号43項
参考文献
- 谷本道哉,石井直方2010 ストレッチメソッド 高橋書店
- 有賀誠司2010ストレッチ大全 成美堂出版
- 市橋則明編集2010 理学療法プログラムデザイン 文光堂
※2011年11月 交通心理士会にて発表